
村上春樹さんの『ノルウェイの森』に、読む本は作家の死後30年の時を経たもの、というような話が出てきます。
村上春樹『ノルウェイの森』講談社.1987
彼は僕なんかはるかに及ばないくらいの読書家だったが、死後三十年を経ていない作家の本は原則として手にとろうとはしなかった。
『ノルウェイの森』を読んだのは、けっこう最近。
このくだりは割と共感できるなぁと印象に残っています。
読書するのに、私はかなり恵まれた環境で育ちました。
「本は何冊でも買う」というのがわが家の「教育方針」で、他のところにかけるお金よりも、ずいぶんと本購入に割いてもらっていたものです。
ちなみに漫画はダメでしたので、そこはキョウダイとお小遣いをやりくり。
ただ、予想以上に読み、遠慮なく購入申し出をする私たち。
だんだんとブレーキがゆるくかけられたような気もしています(笑)
そんな環境で育ったもので、一人暮らしを始めてからは本を買うのに困りました。
当たり前ですがお金がかかるんですね。
それまで基本的にハードカバーで最新刊を買ってもらっていたものだから、文庫本になるまで待つことを覚えたのは、大学生の頃でした。
(こうして書いていて、少し憚られるような気にもなる話です)
そうこうしながらも、やはり本が足りない学生時代。
それで近くの古本屋で買うことを覚えて、その時に山崎豊子『白い巨塔』に出会って、面白くて読みごたえがある長編を、一気に読みました。
ちょうどその頃読んでいた三浦しをんさんのエッセイに『白い巨塔』が頻出していたのもあります。
それを皮切りに、かけるお金と、読みごたえとを天秤にかける。
先の『ノルウェイの森』のようなことを私も考えました。
(とは言え、その「読書家の彼」はコストパフォーマンスを重視していたわけではありませんけれども)
明治、大正、昭和。
それらの時代を代表する作家の小説の、読みやすいものを読んでいくと、やっぱり「時間に洗われて残る良さ」というのはあるなぁと感じます。
ひと時代前のもの、有名な著作は評判が定着してしまって、きちんと味わえてるか悩ましい場合もあります。
けれど、面白い、の中身が深いですね。
残るだけの質の良さがあり、知らない時代を知るきっかけにもなる。
そして実感がないゆえに、ある種ファンタジーでもある。
いつしか現代の作家さんの小説は、以前よりも手に取らなくなっていきました。
今の時代の息吹を感じるのも、もちろん大事だと思います。
あまりにも昔を愛しすぎるのは、懐古趣味だなぁとも思います。
けれど、書店の仕組みや、出版形態や装丁も変わってきました。
心地よく読むためには、買い方も出会い方も大切だなと、思うことが増えました。
今の暮らし中で手に取るものが、昔に生み出されたものだということ。
「安心」を求めているのでしょうか。
ただ、昔々の文章に、思ってもみなかった世界を見ること。
今も心通うくだりがあること。
その大きな歓びや楽しみがそこにあるのも事実です。
