
言葉は「厄介」だと思っています。
補い過ぎず、不足もなく、誰しもにぴったりくる言葉を選ぶことは、なかなかどうして難しいもの。
言葉にすることで距離が生まれる、そんなこともあるので、面白く不思議なものだなと思います。
それだのに、作品に取りかかる前に用意するのは、字を書くための紙とペンで。
紙は何でもよし。
だいたいは裏紙で、その日ポストに入っていたチラシが片面刷りだと、嬉しかったりもします(笑)
筆記具は鉛筆かシャープペンシルかボールペン。
それもごくごく日常づかいのもの。
とりとめないときは鉛筆や太めのボールペン。
しっかり固まってきたら細くしっかりした線で。
浮かんでくる言葉。
関わりがありそうな書籍の一文。
感覚を繋ぎとめられるような響きのもの。
何を描くのか。
何故描くのか。
それはどんな言葉なら掴まえていられそうな色と形なのか。
そういう色んな情報を、とても簡潔に情感豊かに現わしてくれるのは詩歌が多いです。
その情報を裏打ちしてくれるのが、歴史や図像や民俗研究だったりします。
何日も、机に向かって本を開いて文字ばかり書いていると、自分がちゃんと進めているのかわからなくなったりも。
なにせゴールは絵を描くことなので、別の出力にオソロシイほど時間をかけているなぁと(笑)
何冊も積み重ねた本の間に、文字だらけの紙が増えていって。
それも、その本も書いていることも、毎回同じようなものばかりなのだからちょっと不安にもなります。
先月知った、金星と地球の軌道が、美しい花を描き出すこと。
ぐるぐると廻っているように見えて、何かを描き出していること。
そんなことに、本当に励まされる気持ちがしたり。
そうかと思えば、
「銀河」という言葉に「河」があったことにさえ、最近ハタと気が付いたぐらいで。
汲んでも汲んでも汲み切れない言葉の泉を、ぐるぐると廻っている近頃です。
おまけ
