
夜を描くために必要だったのは、舞い降る「紙」でした。
「夜」というテーマにまつわる、少しばかし重たいイメージ。
暗い淵のような、留まる時間。
それが澱んでいては、きっと駄目だろう、
陰鬱さを昇華するには、何が要るのだろうと、そこに光をくれたのは「紙」でした。

紙の白さ、薄さ。
そこに生まれる影の形。
漂う、浮かぶ、流れる動き。
絵の構成要素としても非常に良いもので、この「紙」が出て来なければ、私の「夜」はまた違ったものになっていたと思っています。
そんな紙の光を手に入れても「作品が澱まないか」、少し半信半疑でした。
青や緑をメインに描き進めたのは、そんな不安もあったからだと思います。


そこには、澄んだ水のイメージも重なるので、青い夜が間違っているわけではありません。
それも私の描く1つの夜の景色。
それでも暗い夜を眺めながらの帰り道には、こういう青くない、黒とも何とも言われぬ色の夜も描けないとなぁと思っていました。
一昨日、アトリエに着いて「あ、これは描けるかも」と鉛筆を手に下図を。
(その日の他の制作予定はオイトイテ 笑)
柔らかな鉛筆の黒を重ねて重ねてイメージを固めました。

「描けそう」の気持ちのまま、墨と、胡粉と、黄土と紅梅と各種の緑、青などなど。
どことなく茶色の、その中にあたたかさを含んで。
紫や緑は、そのあたたかさが暗く沈んだ時の色として。
鉄紺のような、少し青みを感じるマットな黒を基調に、時折、月の虹彩のほのかな色がのぞくような。


『夜は暗くてはいけないか』(乾 正雄,朝日新聞社,1998)は、暗さの文化を論じた名著で、国語の教科書に載っていたのをよくよく覚えています。
夜は暗くてはいけないか。
暗さには色々あって、その中で今、私が作品にしたい1つは、やわらかさとあたたかさを少し含んだ、そういう暗さです。
描けるかどうか、と目をつむるように考えていたその暗さが、今回展示できる。
「夜のひとひら」に、また1つ奥行きが出せて、また1つ深く「夜」をのぞきこめる。
そんな作品が出来た三月の終わりでした。
